1996年、蓮實は北野武をどう語っていたか。

1996年出典失念−備忘録−ロスト・リンク

タケシの映画を知らなければ同時代人ではない!
東京国際から巻き起こるこの風を感じろ!!


映画祭の協賛企画として9月27日から開催される『映画監督北野武 国際シンポジウム&レトロスペクティヴ』について、その仕掛人である蓮實重彦氏(東京大学教授)に、このイベントの意義、北野武監督に対する思いについて語っていただいた。


シネP(以下シ)「今回、東京国際映画祭で映画監督・北野武を取り上げた理由からお聞かせ下さい」

蓮實(以下H)「風の流れっていうんですかね、吹いている風を殺さないのが僕のポリティックスですから」

シ「風といいますと?」

H「例えば、今年のカンヌ国際映画祭で彼の映画が上映されたり、今年の秋のパリの芸術祭「フェスティバル・ドートーン」で上映するという話もある。イギリスではロンドンを中心にロングヒットしているし、イタリアでもトリノ映画祭などでいくつか賞を貰っている。そうした風を我々が受けるだけじゃなく、日本からも起こしたいと思ったんです」

シ「日本の素晴らしい監督を世界に広めるということですね」

H「今まで日本の映画作家は大抵外国で発見されている。溝口健二にしても、淀川さんのように溝口を高く評価していた人はいますが、ヴェネチアで賞をとるまでは評価されていませんでした。溝口が晩年の最高傑作を撮っている時、誰が最も日本で一番評価されていたかというと今井正なんです。今井も全く駄目な監督ではないが、溝口とではちょっと比較にならないでしょう。誰が今の今井正だと言うのではありませんが、恐らく北野監督が諸外国で全く何の偏見もなく評価されているのと、日本におけるそれは違いますよね。溝口、黒澤等々が、外国で発見されたと今なお言われていることをまた繰り返してはならない。だから、日本を発信地として、北野武監督を世界にもって行く。日本からの風を巻き立てなきゃならない。それには、東京国際映画祭が一番いいんじゃないかということですね」

シ「どれくらい日本と海外の北野武監督評は違いますか?」

H「今回のイベントのプログラムを作るにあたって、北野作品の評価の歴史も簡単に作っているんですが、不思議なことに佐藤忠男さんとか、いわゆる映画評論家の方が書いていないんです。しかし、諸外国ではイギリスの「サイト・アンド・サウンド」やフランスの「カイエ・デュ・シネマ」といった世界的な雑誌が定期的に取り上げているんですよね。もうひとつ、昨年の東京国際の際に「日本映画で自分が一番心惹かれる作品は何ですか?」という質問を世界の映画人に送って120〜130名の方から回答を頂いたんですが、北野監督の映画が3本も入っていた。もちろん、小津があり、溝口がありですが、北野監督が世界で風を起こしているのがわかりました」

シ「どういうところが外国で受けているんでしょうか?」

H「やはり、"今"が生きているという事だと思いますね。いくら外国人が気に入ってくれるだろうといって日本的な意匠を懲らしてみても、そこに映画の"今"がなければ誰も取り上げてくれない。例えば、去年のカンヌでしたが、『写楽』っていうのが出ましたけれども誰も見向きもしなかった。北野監督がいいのは、日本的な情緒、風景、衣装などで引きつけるものが全くない。だから、裸で彼自身の映画を評価してくれる」

シ「蓮實先生がはいつ頃から北野武を凄い監督だと評価されていたんですか?」

H「僕は1本目を観て凄いことやってるなと思ったけど、2本目の『3−4×10月』を観て、「これはただ者ではない」と思いましたね」

シ「具体的には、どういうところなのですか?」

H「日本映画で僕が一番嫌いなのは、なんでもシーンで説明しようとするところ。話に筋道を付けてしまう。ところが、彼の映画は、映像の論理で進んでいって、心は全くないわけじゃないけど後からついて来る。それと、北野監督の映画には見知った顔の役者が出てこない。いわゆる役者さんを使わないのが新鮮ですね。山田洋次監督の映画ではいい役をするヤツをギャングの親分にするとか、反山田洋次的なものはがあるのかもしれませんね」

シ「『キッズ・リターン』でも、おいちゃん役の下条正巳さんが親分で出てきましたね」
H「下条さんだって、二言くらいしかセリフ言ってないけど、強烈な印象を残している」
シ「先ほど、先生は風を起こすのに東京国際映画祭が最適とおっしゃいましたが、以前に先生や山根貞男さんは「東京国際映画祭はひどい」と書かれていましたよね?」

H「未だにひどい部分はありますよ。昨年の東京国際映画祭についてのフランス最大の新聞「ル・モンド」の批評は最大級の罵倒でしたね。「東洋のカンヌなどと思い違えては困る」と…。しかし、一方で「日本シネマクラシックは素晴らしい発見だった」とも書いてあった。そういういいものがあればいいかなと思うのと、東京国際映画祭だから焼くことが出来たプリントもあるわけです。口実としては、我々が観たいものがあればいいじゃないか。そのことが映画祭を救うことになってもこちらはもっと利己主義的で、観たい映画があればやっちゃおうということです」

シ「なるほど、そして、先生が観たいを思われる素晴らしい映画を沢山の人たちに観て欲しいということですね。ところで、どういう人に、どんな風に観てほしいですか?」

H「本当にタケシの映画がいいの?なんて思ってる日本映画をあまり観ない、もしくは『キッズ・リターン』で、タケシの映画に付いたという若い女性に来て欲しいですね」

シ「若い女性だけですか?(笑)」

H「男性はもういいんですよ。映画がヒットするには女性が2,3人つるんで来るのが一番でしょう。そのほとんどは消費するだけでしょうけど、何人かは映画に目覚めてくれる。未来は女性ですよ」

シ「最後に、これから北野監督にどんな映画を撮って欲しいですか?」

H「恋愛映画ですね。今のところ男女は出てくるけど恋愛は出てこない。北野監督の映画で決定的なのは家族を描かないということ。誰がお父さんかわからない。家庭を描かずに男女の苛烈な愛情を描いたら凄いと思いますね」

シ「本日はお忙しいところ、ありがとうございました」