柳澤健『1984年のUWF』ゴン格を読んでの改めての異議
……を『ゴング格闘技』を読んだら書いてやろうと長文記事をある程度準備していたのですが、柳澤さん、平直行さん、安生さんのインタビューを続けて読んだら、「もういいかな」という心境に(笑)。
いや多少、ツッコミたいところは、まだまだまだまだ『1984年のUWF』にはあるんですけどね。
でも、柳澤さんの言いたいことも分かったというか、そこを平さんなんかがフォローしてくれているし、「いいかな」と。
以前の私のエントリは、↓です。
柳澤健『1984年のUWF』の読後感想。私的な体験と異議
http://d.hatena.ne.jp/manji_ex001/20170205/1486304739
ただ、上記エントリに書き忘れたことで言っておくことがあるとすると、私は佐山聡の天才的な身体能力に魅せられて、導かれ、「このジャンル」を好きになった者ですが、この佐山推し、というか佐山推しすぎ(苦笑)は明らかに行き過ぎかなというのはまだ思います。
そもそも、あれほどの天才性を有していたとはいえ、あの、デビュー間もない山本宜久にガチンコで負けた西良典さん相手に(ギありのエキシビジョンとはいいながらも)↓
https://youtu.be/Kn-XjHQrLCs?t=517
投げられ投げられ投げられ、腕十字を極められ、まったく良いところ無し、というのも佐山聡の実像の「ひとつ」です。
もう蹴りひとつ取っても(田村潔司の完璧な蹴りに比べても)何世代も時代遅れの軽い蹴りしか出せなくなっています。
旧UWFの例の佐山聡vs前田日明戦での佐山の蹴りはやはり本気だったんだな、と推測できるものでもありました。
本書では、そういう佐山聡像は全く描かれていません。真逆を行っています。
とにもかくにも、本書はとことん「佐山史観」です。
ちょっとだけぶっちゃければ、世の中を前田史観が覆っているから第三者が佐山聡に成り代わって佐山版『パワー・オブ・ドリーム』を書くという佐山史観に振れるのではなく、両者のバランスを絶妙に取って、平衡棒を持ってサーカスのごとき綱渡りを、柳澤さんには完遂していただきたかったかな、と。
それと、改めて書きますが、前田日明については、前田の性格・言動からして、否定されるのは仕方のないことだと思いますし、ごくごく自然なことですけれども、ただ『1984年のUWF』で、前田日明を繰り返し「プロレスラー失格」「プロレスラーとして最悪」とお書きになり、前田日明の悪行悪徳を列挙しているわけですが、その悪徳に数え上げたのが、
前田日明vsダッチ・マンテル戦
「観客を喜ばせることよりも、むしろ自分を強く見せることに夢中になっていた」(本書の地の文)
前田日明vsダッチ・マンテル戦なんですが、動画がありました。
http://fightingview.blog.fc2.com/blog-entry-525.html
改めて見ましたが……。……。……。
どう見ても「普通のプロレス」です。極々普通の、至極普通のプロレスです。前田日明がシュートらしき仕掛けた場面というのは一切ないです。皆無です。ニールキックの踝が顔に当たったのは確かですが、それだけ、本当にそれだけのことです。
新日U業務提携時代の越中に対しての方が前田日明の当たりは余程強烈でした。
ダッチ・マンテルが自伝の為に後知恵で盛って、柳澤さんがそれに騙された(そして見誤った?)としか思えません。本当にそうなのです。
前田日明vsアンドレ戦
これについては前エントリで書いた通りです。
それと、アンドレ戦などについて、本書では前田を繰り返し責めていますが、例えば、アンドレ戦について言えば、アンドレの方から仕掛けたことは本書でも書かれていることです。それをマスクド・スーパースターのコメントなどを取り上げて、前田の悪徳に置き換えるのはないだろう、と。
※【追記】Number連載時には、「マスクド・スーパースターはアンドレが前田を制裁しようと試みたことに触れていない。前田はアンドレの制裁を実力で撃退したのだ」との一文が添えられていたそうですが、単行本で何故かカットされていたそうです。柳澤さんの「プロレスラー失格」「プロレスラーとして最悪」の前田日明というストーリーラインに合わなかったからカットしたのでしょうか?
前田日明vs藤波辰巳戦
これについてもツイートした通りです。
万次 @manji_ex001 2月3日
読書中。UWF新日提携時代の前田日明vs藤波辰巳。前田がニールキックで藤波を怪我させて悪いというニュアンスですがVTRをよく見てください。これじゃ肩に当たると思った藤波が自分から頭に当てに言ってますから(苦笑)。 #1984年のUWF
前田日明vs田村潔司戦
これについても動画(http://www.nicovideo.jp/watch/sm3261790)を見ればわかるとおり、最初に田村の方がガチの掌底を打って行っています。試合後の前田日明のコメントに「やらなきゃ俺がやられていた。それぐらい良い選手」とコメントしていた通りだったと言ってもいいかなとは思います。
と、本書で前田日明の悪徳とされた試合をひとつひとつ見ていくと、あれあれ、それらは霧散して、残るのは、長州蹴撃事件ひとつになってしまうではありませんか。
長州への蹴りについて言えば、VTRを見ると確かに前田の言う通り、事前に肩を触って合図はしているもののいかんせん蹴りが強すぎたと思っています。これは、明らかに前田日明が悪いと思いますね。
そして、『ゴング格闘技』に、前田日明が所英男を指導しているのを載せるのは如何なものか? 的な話がありましたけど、それはそうは思わないんですね。
それは、上記エントリにも書いた通り、宮田和幸や吉永啓之輔の証言が信頼できるからです。
それと、本書では、『フルコンタクトKARATE』誌が第二次UWF批判に転じた後の佐山の証言の引用が多いですが、佐山は同誌で、「第二次UWFのルールで真剣やったら死人が出ますよ」「仮に真剣やったとしてもプロレスラー程度の真剣勝負が格闘技と呼べるものであるはずがない」(大意)という主旨の発言をしていましたが、後には以下のような証言もしているのです。
昔の新日「プロレス」と「ガチンコ」「セメント」
http://d.hatena.ne.jp/manji_ex001/20100127/1264581309
kamipro 2010年143号より抜粋。
佐山聡(初代タイガーマスク)インタビュー
(前略)
タイガー そうですね。やはりガチンコをベースにして、その中から生まれたバリエーションなんですよ。僕はプロレスに対して、そういう教育を受けてきましたからね。(略)
――新人時代、プロレスとはどんなものだと教えられたんですか?
タイガー プロレス自体は変わらないですよ。基礎運動とゴッチ式のセメントだけ。
――その中で、自分なりに考えていくわけですか。
タイガー デビューまでの一年弱は、試合のことなんて考えてないで、セメントばっかりで。(略)
――いわゆる格闘家が考える「プロレス」と、当時の新日本のレスラーが考えていた「プロレス」には大きな違いがある、と。
タイガー 全然違うものですよ。だから、僕らがやっていた試合は極め合い主体で、レスリングの動きの中でお客さんを沸かせなきゃいけなかったから。(略)
――それぐらい練習量や、やっている内容に誇りがあったわけですよね。
タイガー そうでしょうね。やはり100キロを超える人間たちがそんなことを毎日やってるわけだから、それなりに実力もあったと思います。
――その道場では、当時道場破りなんかもあったわけですよね?
タイガー ありましたね。藤原さんが相手したり、僕もやったし。僕は相手の腕を折っちゃったけど。(略)
――でも、本気になれば折れる技術と胆力はあった、と。
タイガー そんなのは当然ありますよ。いまの総合の選手たちだってそうでしょ?
(後略)
そして、前田日明もまた道場破りの相手をしたことは、『1984年のUWF』の中でも明言されています。
また、藤原や木戸や前田が佐山に反発したのは、佐山の決めた「ルールそれ自体」というよりも、むしろその「独断専行」性の方にこそあったと思っています。藤原が当時「佐山が道場に来ていればなあ(通っていればなあ)」と言ったのもそういう意思疎通の問題だったことの証左です。
それと、ターザン山本はちょっとお金せびったくらいで云々というお話がありましたが、それには異議ありです。はっきり言って彼は、金のために筆を曲げた人です。(『「金権編集長」 ザンゲ録』ご参照のこと)
最後に、書くと、
「プロレスは相手をねじふせ、はわせることを忘れてしまい近頃はダンスやファッションショーにまでなりさがっている」
これは、誰の言葉だと考えますか?
これを前田日明の発言だと捉えれば、「自分たちだってプロレスをやっていたくせに」と怒る人が多いでしょう。
まあそうなりますよね。安生の言っている通りです。
しかし、これは、本書に引用されている、旧Uの試合を「見るに値する試合だった」と褒めた一方で、他プロレスを批判したゴッチその人の言葉なのです。
つまり、前田日明のあれやこれやの言葉は、ゴッチ信仰(と昔の新日信仰)から来ていて、薫陶を受けた通りの発言してきたことがわかるでしょう。
あとは、まあ色々と他にもたくさんタマを用意していたんですが、もういいかな(笑)という心境になったので、やめておきます。
柳澤健さん、労作、お疲れ様でした<(_ _)>。
【追記】柳澤健氏への精緻な異議申し立て
柳澤健「1984年のUWF」について
http://www7a.biglobe.ne.jp/~wwd/PW170410/
【追記】柳澤健氏への精緻な異議申し立て2
『1984年のUWF』はサイテーの本!■「斎藤文彦
http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1244660
【追記】ブッカーKの異論
証言・「1988年の新生UWF」(前篇)あの時代の熱狂は、本物だった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51392
【追記】ブッカーKの異論
証言・「1988年の新生UWF」(後篇)あの時代の熱狂は、本物だった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51393
【追記】金原弘光の重要な証言
『1984年のUWF』には描かれなかったリングスの実態……■金原弘光
http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1247650