笑止な御仁・池田信夫さん

もう凄いのです。
池田信夫さんの暴走ぶりが。ここ何年も。ここ十数年も。

とにかく、西部邁さんを心から憎んでいて、「表現者」(旧「発言者」)執筆陣をまとめて「西部一派」と呼び、最近では、中野剛志さんに対して毒突いています。いやはや、西部さんと方向性を異にする松原隆一郎さんまで“西部一派”呼ばわりして罵倒していたくらいですから、相当なものです。

自分は、Twitterは初心者で氏をフォローもしていないのでよくわかりませんが、そちらでも同様のようです。

愚かな師匠が愚かな弟子を生む。社会には何の影響力もないが。
RT @grimona: 中野剛志さんは、1994年から始まった西部邁さん主宰の発言者塾の塾生だったと記憶してます。

池田信夫のツイートからhttp://hiwihhi.com/ikedanob/status/54497849588719616

だそうです。


それについては、「超個人的美学」のカツトシさん(@KATSUNAMA)が、これでもかというくらいコテンパンにしておられます。

http://achichiachi.seesaa.net/article/197037185.html
http://achichiachi.seesaa.net/article/197270713.html


まあ、池田信夫さんの書評とやらが酷いのです。「読んではいけない本」ということで「反書評」を謳っているのですが(それでも「書評」でいいじゃないですか(笑))、例えば、西部邁国民の道徳」の「書評」がこれです。

西部邁国民の道徳』扶桑社

大きな話題になった「新しい歴史教科書」の影に隠れて、あまり話題にならなかったが、それと一緒に出された「公民」教科書をもとにした本。分厚いが、内容は単純で、要するに「お国」を大事にしろ、なぜならそれが日本の「伝統」だから、というものである。その「お国」が150年以上前には存在しなかったことを著者は知らないわけではあるまい。大事にする「伝統」がなぜ大日本帝国に限られなければならないのかも、ろくな説明がない。まさに中学生程度の知能の読者向けの本だが、著者の知能程度もそれに近いのではないかと疑わせる。

著者は、私の大学時代の恩師である。個人的には愛すべき人柄なのだが、如何せん学力がない。英語が読めないから、訳本だけを頼りに論じるので、とんでもない間違いがある*。昔レヴィ=ストロースbricolageを「プリ(前)コラージュ」と誤読して、「コラージュ」と結びつける民間語源学を展開していたことがある。いまだに『神話学』を読まない(邦訳がないので読めない)でレヴィ=ストロースを語っているのは、いい度胸だ。『裸の人間』(神話学第4部)の話をしたら、「今度、日本語でサマリー作ってよ」といわれたことがある。そうやって本を読んだ顔をしているわけだ。

もとは、彼も経済学と社会学を接合した「ソシオ・エコノミックス」を志していたのだが挫折し、経済学界にいられなくなって東大をやめた。要するに、厳密な論証を要求される学問の世界のルールに耐えられなくて、逃げたのである。いま思えば、こういう「政治経済学」とか「社会経済学」の類いの、ただ既存の学問の間口を広げることが自己目的になったような学問には、もともと何の可能性もなかった。曲がりなりにもアカデミズムの中にいたときは、それなりに抑制があったのだが、このあと自民党の政治家と仲よくなって「保守主義」に染まり、右翼の取り巻きを従えて歩くようになった。私も、飲み屋で彼の取り巻きの右翼に殴られたことがある。

彼をだめにしたのは、マスコミである。特に「朝まで生テレビ」に出はじめてからおかしくなった。まじめに学問をやらなくてもテレビに出てさえいれば、地方から講演の依頼がたくさん来て、大学の授業なんかしているよりずっともうかることを発見したのである(「朝生に出るのをやめると、講演の依頼がてきめんに減るんだよ」とこぼしていたことがある)。講演では、大衆受けする政治の悪口をくり返していればいいから、次第にその調子が文章にも出てくるようになった。テレビのおかげで営業が成り立っているくせに、漫画家と一緒に陳腐な「マスコミ批判」をくり返す、かつての恩師の落ちぶれた姿を見るのは悲しい。

………………これのどこが書評なのでしょうか(笑)。

西部邁さんご本人は一笑に付したらしいですが、中身についてはほぼ触れておらず、触れている数少ない部分であるところも嘘八百だらけなのです(笑)。

それと一緒に出された「公民」教科書をもとにした本。

のっけから全く違います(笑)。この程度の書き出しでもう間違っているのです。

分厚いが、内容は単純で、要するに「お国」を大事にしろ、なぜならそれが日本の「伝統」だから、というものである。その「お国」が150年以上前には存在しなかったことを著者は知らないわけではあるまい。大事にする「伝統」がなぜ大日本帝国に限られなければならないのかも、ろくな説明がない。

そんなこと全く書いてません(笑)。

締めの、

かつての恩師の落ちぶれた姿を見るのは悲しい。

というのも大嘘です。悲しんでいるわけがありません。

書評にかこつけて、西部邁さんを罵倒したいだけなのです。
私怨なのです。だからこそ、ここまで西部邁さん達に粘着して攻撃してもしてもまだ飽き足りないのです。

出鱈目なのもわかるのです。

なにしろ、池田信夫さんは、最近になってだかなんだか、完全に開き直って、

http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/ikenai.html

「書評ではなく人物評ではないか」という指摘もあったが、これは当たっている。

おもての書評は、仕事なのでちゃんと読んでいるが、こっちはもともと読むに値しない(というか最後まで読むに耐えない)本なので、ちゃんと読んでない。ほとんどの本は、身の回りにあるのも不愉快なので捨ててしまったし、立ち読みもある。

だそうなのですから(笑)。分厚い本なら尚更読みませんよね(笑)。

で、あげくの果てがこれです。

まぁその程度の本だということで、基本的に冗談なので、内容に責任はもたない。


内容に責任は持たない?!

だったら、載せないでくださいよ(苦笑)。
公開するんだったら、責任は持ってくださいよ(苦笑)。

西部邁さんの教え子の一人である佐伯啓思さんへの書評ならぬ罵倒も酷いです。今は見あたりませんがどうしたのでしょう?

これに怒って反応したのは、松原隆一郎さんで、昔、池田信夫さんと何回かやりあっていました。
http://homepage3.nifty.com/martialart/sikou.htm

◇「ネット・ストーカー」について(2003.10.1)

 池田信夫という人がいる。経済産業研究所で、IT関係の仕事をしているらしい。彼が私的なサイトで私について触れているとゼミ生が言うので、拙著「長期不況論」への「反書評」なる文章を見てみた。(http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/matsubara.html)

 書評としては、お粗末の一言。なにしろ拙著に書いてあることの要約にしてからが、学生のレポートの水準にも達していない 。批判ならありがたく拝聴するが、拙著には関係ないことばかり書いてあてこするのだから、話にならない。この人は 世間の人が誰も読まない研究所の内輪の雑誌に難しげなテーマで文章を書いているようだが、誰にも分かる書評のような文章を書くととたんに馬脚をあらわして、 読んだり考えたりさらにその結果を文章化するという作業を平静に遂行できないことを、自分で暴露してしまっている。プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有らしいが、それも当然であろう。

 それでも一応、敢えて本欄を覗いて下さっている方のために、どこがおかしいのか指摘しておく。

・「著者(松原)は、構造改革によって「制度が崩壊」していることが不安の原因だから、改革をやめて政府が「信頼を回復」すべきだという」

→私が主張しているのは、生産要素にかんする制度を「ビッグバン的に」改革するという構造改革が不安を引き起こしているのだから、「漸進的に」改革すべきだということ 。改革の内容についても土地・資本・労働に分けて論じている。私は「改革をやめて」などとは一言も言っていない。構造改革に反対する論者が述べることはすべて同じに読めてしまうらしいが、この人の読解力の構造改革こそが必要だ。

・「「お上」の力で国民を情緒的に「統合」しようとする主観主義は、佐伯啓思氏などとも共通する西部一派の特徴だが、問題は逆である。いま不安が広がっているのは、政府が信頼に値しないから ・・」

→私が述べているのは、BSE対策などで政府が信頼を失い、しかもその政府が失敗を棚に上げて構造改革などと言ってみたり、金融制度改革や牛肉買い上げなどを行っていることの滑稽さである。 つまり「お上」じたいが信頼をなくしているのに、その「お上」がさらに制度を解体しようとしていることを批判しているのである。「お上」の力で国民を統合しようというのに近い印象のことを佐伯氏や西部氏は述べているのかもしれないが、私は佐伯氏の著作への書評などではしばしばこの点を批判してきた。

・「必要なのは、信頼を回復することではなく、信頼できる制度を作り直すことである。」

→これなどは、逆に私が主張していることである。何を言っているのやら。だがしかし、現在進行している「構造改革」では、この人が主張するようには「信頼できる制度を作り直す」ことなど 決して行われていない。「規制緩和」「経済慣行の撤廃」に象徴されるごとく構造を破壊することに主眼があり、その結果現れた現在の金融庁などは、逆に役人が強権を持つよう「制度を作り直」したものだ からだ。「お上の焼け太り」 現象である。この人などは、さしずめ焼けて太った公務員の好例であろう。官僚を焼け太りさせる構造改革ではなく、まっとうな改革を行うべきなのだ。

 さらに、この人は「まともな経済学のトレーニングを受けた」とか「ノーベル賞をもらった」とか言えば、何か信頼が得られると思っているらしい。そんなことを信じているのはPh.Dを取ったとかいう既得権益を持つ人たちだけで、市場(関係者)ではない。そういえば、「インフレにする」と日銀が宣言すれば市場が信じるから本当にインフレになる、とインフレ・ターゲット論者 も言っていたが、そんなことを信じているオメデタイ人は経済学者だけ である。この連中の魂胆は、国という「お上」が信用できなくなった隙に、竹中大臣を始めとする学者を「お上」に祭り上げ、自分たちで利権を得ようということだ。だが、国という「お上」も、経済学界という「お上」も、 世人は信じていないのである。

 そもそもこの人の言う「まともな・・・トレーニング」は、受ければ書く文章の水準が学生以下まで下がるたぐいのものではないのか。

 といった具合だから、私がうんざりするのもお分かりいただけるであろう。とはいえこの手のいじましい人はネットには掃いて捨てるほど生息しているのだから取り立てて触れる必要はないのに、と読者は思われるかもしれない。私もそう思って いたのだが、それでも敢えてここで取り上げようと思い直すことにした。それは、書評への反論を上述のごとく書くためはない (それはあまりにも簡単だと、我がゼミ生も言っていた)。こういった手合いがどのような背景からものを言っているのかについて注釈を付けておきたいのである。

 この人は、サイトを御覧いただけばお分かりのように、佐伯氏や西部氏、そして私も含めて「西部一派」と彼が想定する人々を、異様な敵意と粘着性をもって攻撃している。それも本を読んでのまともな批判ではなく、「学生時代から知っているがあのころはこうだった」という手の、証拠もない与太話や当てこすりばかりである。まったく、「卑しい」としかいいようのない文章の羅列 である。

 この人にならって昔話をすれば、私は幾度かこの人を見かけたことがある。彼は学生時分に西部氏の追っかけのようなことをしていて、かまって欲しいのか、うるさくがなり立てては西部氏に一喝され 、しゅんとして逃げ出すといったことを幾度か繰り返していた。しばらく見かけなかったが、インターネットという利器を得て、またぞろ学生時分の恨みを晴らそうとしているらしい。 追っかけても受け入れられないので妄想にかられつつ「一派」にまで執拗なストーカー行為を及ぼすわけだ。まあ、こうした例を見せつけられると、 淋しい人にとって、ネット社会は憂さ晴らしの天国に違いないと 改めて感じる。それでいてこうした人物に限って「信頼できる制度」うんぬんと説教するのだから、たまらない。

 ちなみにアマゾンの拙著紹介のページには、非固定のハンドルネームを名乗る人物がこの人にそっくりな文章で拙著をけなすレビューを投稿している。そこでも「西部一派」という言い方がなされているが、こういう呼び方をする人を私はこの人の ほかには知らないし、とくに前著の景観論以降、西部氏主幹の『発言者』と異なる路線をたどっている私を「西部一派」に加える人も珍しい。

 こういった人が官庁に巣くい、社会から信頼を奪う構造改革を主導しているのである。このことを、銘記しておきたい。

(後記)この人がここで私が書いたことを読んだらしい、とふたたび学生が知らせてくれた。サイトを覗くと、私が書いたことが本当かどうか、西部氏を交えて検証しよう、などと 付け加えている。変なこと言うねえ。ならば、佐伯啓思氏やその他、この人が勝手に思い出などを書き散らした人も呼んで検証しなけりゃならんでしょうに。自分の都合のいいことしか考えないんだな。

 それと、私が「プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有」と書いたら、『ダイヤモンド』誌でやってるのを知らないらしい、と反論している。だからぁ、そんなこと、知ってて書いてるんだって。文意を読めない人ですねえ。

 この人は、サイトを御覧いただけばお分かりのように、佐伯氏や西部氏、そして私も含めて「西部一派」と彼が想定する人々を、異様な敵意と粘着性をもって攻撃している。それも本を読んでのまともな批判ではなく、「学生時代から知っているがあのころはこうだった」という手の、証拠もない与太話や当てこすりばかりである。まったく、「卑しい」としかいいようのない文章の羅列 である。


同意します。

池田信夫さんの人間性が露骨に垣間見えるのが、“西部一派”とやらを攻撃したときでしょう。

こんな人がアルファブロガーだなんて……はあ(嘆息)。

この人にならって昔話をすれば、私は幾度かこの人を見かけたことがある。彼は学生時分に西部氏の追っかけのようなことをしていて、かまって欲しいのか、うるさくがなり立てては西部氏に一喝され 、しゅんとして逃げ出すといったことを幾度か繰り返していた。しばらく見かけなかったが、インターネットという利器を得て、またぞろ学生時分の恨みを晴らそうとしているらしい。 追っかけても受け入れられないので妄想にかられつつ「一派」にまで執拗なストーカー行為を及ぼすわけだ。

これについて池田信夫さんは否定していますが、本当だったとしても、何の違和感も感じませんね。

このエントリを書くために、ググっていたら、2ちゃんねるの経済学板に、『「池田信夫」って底抜けの大馬鹿だよなー。Part6』http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/economics/1305445644/ というスレがありました。

「Part6」ですってよ、池田信夫さん。